日本酒の原材料が米だということは周知の事実でしょう。しかし、日本酒に使用される米はどのようなものか、詳しく知らない方もいると思います。
日本酒造りに使用される米は「酒米」(読み方:さかまい)と呼ばれ、食用の米とは少し特徴が異なります。また、酒米にも多くの種類があり、使用される酒米によってできあがる日本酒に大きな違いが出るのです。
こちらの記事では、酒米の特徴や代表的な酒米の種類について詳しく解説します。
酒米とは?
酒米とは、日本酒を醸造するために使われる米を指します。とくに日本酒造りに向いている米を「酒造好適米」「酒造適正米」と呼び、それらを酒米と定義するのが一般的です。よいお酒を造るためには、高品質の酒米が欠かせません。
酒米は栽培が難しく、普通の米以上に作るための手間やコストがかかります。安定して高品質の酒米をつくるには高度な技術が必要となるため、酒米は希少価値の高い米だといえるでしょう。
地域によって作られている酒米は異なり、それぞれ出来上がる日本酒の特徴も違ってきます。近年では、地元産の酒米で地元の日本酒を造るという取り組みが盛んになってきました。酒米の品質改良や新種の開発、今は作られていない酒米の復興など、各地でさまざまな取り組みがなされています。
酒米の特徴
食べておいしいお米でも、日本酒造りに適しているとは限りません。酒造りに適した酒米には、下記のような特徴が見られます。
● 心白(しんぱく)が見られる
● たんぱく質・脂質が少ない
● 粒が大きく割れにくい
ここでは、酒米の特徴と食用米との違いを詳しく説明します。
心白(しんぱく)が見られる
酒米には、米の中心部分に心白と呼ばれる白い芯があります。
心白部分はでんぷん質が粗く、細胞部分のすき間が多いという特徴を持ちます。そのため、食べるとパサパサとした食感となり、心白の多い米は食用にはあまり向きません。
しかし、酒造りにおいては、すき間部分が多いことで次のようなメリットが生まれます。
・麹菌(こうじきん)が繁殖しやすくなる
・吸水率がよくなる
・酒母(しゅぼ)や醪(もろみ)の中で溶けやすくなる
心白部分が大きければ大きいほど、より酒造りに向いているお米といえるのです。
たんぱく質・脂質が少ない
たんぱく質や脂質が多い米は、うま味やツヤが出るので食用米には適していますが、酒米には向きません。
たんぱく質は酒造りの過程でアミノ酸に変化してうま味になりますが、多すぎると雑味となってしまいます。また、たんぱく質が多いと吸水性が悪くなり、蒸米が溶けにくくなるという面もあるのです。
脂質も多すぎると雑味の原因となり、香り成分となるエステルの生成を阻害してしまいます。
このため、酒造りにはたんぱく質や脂質ができるだけ少ない酒米が使用されるのです。
粒が大きく割れにくい
酒米は、米の外側に雑味となるたんぱく質や脂質が多いため、一般的に精米されてから利用されます。食用米は通常90%程度の精米歩合(外側10%を削る)で使われますが、酒造米は70%以下、中には30%程度まで精米される場合もあります。
ここまで米を磨いてから使用するため、粒が小さすぎると、精米工程中の割れや摩擦熱による変質の懸念が出ます。ゆえに、酒米には精米に耐えられる粒の大きさと強度が求められるのです。
酒米の代表的な種類・品種一覧
酒米の種類によって造られる日本酒の特徴はさまざまです。
酒米の数は、現在なんと100種類以上が登録されています。その中でも、とくに代表的な品種について一覧でご紹介しましょう。
品種名 | 主な生産地 | 主な使用銘柄 |
---|---|---|
愛山(あいやま) | 兵庫県 | 十四代、剣菱 |
雄町(おまち) | 岡山県 | 酒一筋、天狗舞 |
山田錦(やまだにしき) | 兵庫県 | 獺祭、白鶴 |
五百万石(ごひゃくまんごく) | 新潟県 | 久保田、八海山 |
祝(いわい) | 京都府 | 玉乃光、月の桂 |
亀の尾(かめのお) | 山形県 | 亀の翁、上喜元 |
彗星(すいせい) | 北海道 | 上川大雪、国士無双 |
出羽燦々(でわさんさん) | 山形県 | 出羽桜、麓井 |
強力(ごうりき) | 鳥取県 | いなば鶴、千代むすび |
酒未来(さけみらい) | 山形県 | 十四代、くどき上手 |
玉栄(たまさかえ) | 滋賀県 | 七本槍、北島 |
石川門(いしかわもん) | 石川県 | 萬歳楽、手取川 |
菊水(きくすい) | 新潟県 | 菊水 |
渡船(わたりぶね) | 茨城県、滋賀県 | 渡舟、旭日 |
福乃香(ふくのか) | 福島県 | 豊国、会津ほまれ |
ひとごこち | 長野県 | 笹の誉、井筒長 |
美山錦 | 長野県 | 彗、亀齢 |
以下で、それぞれの酒米の特徴を詳しく解説します。
愛山(あいやま)
愛山は、主に兵庫県でつくられている酒米です。昭和24年に生まれた愛山は、山田錦と雄町をルーツに持ちます。
山田錦よりも粒が大きく重いため、稲が倒れてしまい栽培は難しく、生産量が非常に少ない希少な酒米です。栽培が困難にもかかわらず生産され続けているのは、剣菱酒造(けんびししゅぞう)が長年契約栽培を続けて守ってきたという経緯があります。
阪神淡路大震災までは門外不出でしたが、震災以降には剣菱以外の酒蔵に出まわるようになります。その後、「十四代」「磯自慢」など、愛山を使用した清酒が増えていきました。
心白が大きくて、もろく溶けやすい特徴を持っているので、高精白にはあまり向かない面もあります。
愛山を使った日本酒はうま味が多く濃厚で、酸味が強く飲みごたえのある酒質になる傾向があります。
[愛山はどんなお米?]
雄町(おまち)
雄町は江戸時代に発見され、現在まで品種改良なく栽培されている唯一の酒米です。山田錦や五百万石をはじめ雄町から品種改良された酒米は多く、現存する酒米の半分以上は雄町をルーツとしています。
雄町は粒が大きく稲穂の背が高いため、栽培が難しい品種です。さらに一反当たりの収穫量が少ないこともあり、戦後には絶滅寸前にまで栽培量が減りました。しかし、岡山の酒蔵を中心として栽培を復活させ、収穫量は回復傾向となっています。
95%が岡山で栽培されているので「酒一筋」など中国地方での使用が多いですが、「天狗舞」をはじめ全国の酒蔵でも使用されています。
醸される日本酒は、うま味が多くふくよかで、きりっとした酸味を味わえるお酒が多い傾向です。
山田錦(やまだにしき)
酒米で一番名前の知られたものといえば、やはり山田錦でしょう。昭和の初期に品種改良によってつくられた山田錦は「酒米の王様」とも呼ばれ、国内でつくられる酒米の三分の一以上を占めています。
粒も心白も大きくて溶けやすいく、硬さがあり乾燥にも強いという特徴がありと、酒造りのために生まれたような品種です。融通性も高く、「獺祭」をはじめとする地酒メーカーから、「白鶴」などの大手まで、非常に幅広く使用されています。
山田錦を使用したお酒は一般的に香り高く繊細で、うま味の残ったきれいなものとなります。
五百万石(ごひゃくまんごく)
山田錦が西の横綱ならば、東の横綱は五百万石。
山田錦に次ぐ生産量の多さを誇っており、新潟県を中心に北陸地方で多く栽培されている有名な品種です。心白が大きく粒は小さめのため高精白には向きませんが、麹菌が入りやすく扱いやすい酒米として人気があります。
「久保田」「八海山」など北陸の酒蔵を中心に、全国的に幅広く使用されている酒米です。
醸されるお酒はスッキリとキレのよいものとなるのが特徴で、端麗辛口と呼ばれるものによく使用されています。
祝(いわい)
祝は昭和8年に京都で誕生した、酒どころ京都を代表する酒米です。
当初より酒米としての評価は高かったのですが、戦後の食糧難と栽培の難しさから一時栽培されなくなります。平成に入ってから伏見の酒造組合が復活させ、京都独自の酒米として再度栽培されるようになりました。
そのため「玉乃光」「月の桂」など京都府内の蔵元だけで、祝を使用した日本酒が造られています。
伏見の水で醸されると、きめ細かく柔らかい酒質となり、独特の芳香も楽しめます。
亀の尾(かめのお)
日本酒を題材とした漫画「夏子の酒」でよく知られる亀の尾は、山形県を代表する酒米です。
亀の尾はコシヒカリやササニシキといった代表的な食用米のルーツとなっており、じつは酒造好適米に分類されていません。しかし、酒造りにも非常に向いている性質をあわせ持つことから、「酒造適正米」と呼ばれています。
夏子の酒のモデルとなった「亀の翁」や「上喜元」など、亀の尾からはプレミアムタイプでさらっと切れ味のよいお酒がよく造られています。
彗星(すいせい)
彗星は、平成18年にできた新しい品種で、北海道を代表する酒米です。
平成以前には寒冷な気候に耐えられる品種がなく、北海道で酒造好適米は造られていませんでした。のちに研究が進み、北海道でも栽培できる酒造好適米が開発され、純粋な北海道産の地酒が造られるようになったのです。
彗星はたんぱく質の量が少なく大粒で、収穫量の多さが特徴です。
醸される日本酒は淡麗ですっきりした酒質となり、「上川大雪」「国士無双」といった北海道の酒蔵で使用されています。
出羽燦々(でわさんさん)
出羽燦々は、平成9年にはじめて山形県独自で開発され、山形県のみで生産されている酒米です。
山形県の日本酒造りには欠かせない酒米で、県内では栽培量も使用量も一番多くなっています。「出羽燦々100%」「山形酵母使用」「オリーゼ山形(麹菌)使用」「精米歩合55%以下」の規格を満たした純米吟醸酒は山形県のブランド「DEWA33」として打ち出され、「出羽桜」「麓井」などで造られています。
雑味が少なくキレもあり、香り豊かな味わいとなるのが特徴です。
強力(ごうりき)
強力は鳥取県のみで栽培される酒米です。栽培が難しいことから長らく姿を消していましたが、酒蔵と大学の協力のもと平成になって復活しました。
大粒で心白も強くしっかりしており、高精白に向いています。一方で硬さがあるため麹菌が入りにくく、醸造が難しいという面も持っています。
「いなば鶴」「千代むすび」といった鳥取県の酒蔵で使用され、うま味と酸味がしっかりとした味わいが特徴です。
酒未来(さけみらい)
「十四代」を醸造する高木酒造が、18年かけて研究開発した山形県の酒米です。
心白が小さく精米歩合を上げられるのが特徴で、高精白できれいなお酒が多くつくられます。酒未来で醸されるお酒は華やかで甘味を感じ、みずみずしく豊かな酒質になる傾向です。
同じ山形県のお酒「くどき上手」で当初は使用されていましたが、近年では高木酒造と付き合いのある全国の酒蔵に提供されはじめています。
玉栄(たまさかえ)
玉栄は愛知県で開発され、主に滋賀県や鳥取県で栽培されている酒米です。
大粒で心白が少ない分、吟醸酒には向きませんが、収穫量が多いため普通酒や本醸造酒によく使用されています。
「七本槍」「北島」をはじめ、全国のさまざまな銘柄に使われています。
強めの酸味とコクが特徴で、どっしりとした辛口のお酒が醸される傾向です。
石川門(いしかわもん)
石川門は「石川県独自の米で、石川県でしか造れない酒を造りたい」という想いからつくられた酒米です。酒米の栽培開始は平成20年と、比較的新しい品種となります。
粒も心白も大きく日本酒造りには向いているのですが、割れやすく繊細なため醸造には細心の注意が払われます。
「萬歳楽」「手取川」といった石川県を代表する銘柄で使用され、フレッシュかつまろやかな甘味を感じる酒質が特徴です。
菊水(きくすい)
菊水は新潟県で栽培されている酒米です。雄町をルーツとし、菊水を交配して五百万石が作られたことでも知られます。
戦後長らく栽培されていませんでしたが、平成になってから酒米と同じ名称の菊水酒造の手で復活しました。
「菊水」をはじめとした菊水酒造の銘柄で使用されており、雑味が少なく香りとコクの強い味わいが特徴です。
渡船(わたりぶね)
酒米の代表格、山田錦の父方の系統にあたる酒米が渡船。主な生産地は茨城県と滋賀県です。
栽培はほぼ途絶えており幻の品種扱いでしたが、茨城県と滋賀県で復活に成功、その後両県にて栽培されています。
茨城県「渡舟」、滋賀県「旭日」など両県の酒蔵で醸造されており、豊潤でバランスのよいお酒が造られています。
福乃香(ふくのか)
福乃香は山田錦をルーツに持つ福島県オリジナルの酒造好適米で、令和になってから栽培されはじめた非常に新しい品種です。
心白が大きく硬さもあるため高精白にも向いており、吟醸酒を造るのに向いています。
「豊国」「会津ほまれ」といった、福島県内の酒蔵で福島オリジナルの日本酒として使用されます。
醸造には高い技術が必要とされますが、アルコール度数の高いすっきりと雑味の少ない酒質になるのが特徴です。
ひとごこち
ひとごこちは、長野県で栽培されている酒米です。
長野県で多く栽培されている美山錦の欠点を補う酒米をつくる目的で、ひとごこちは開発されました。
大粒で心白が大きいため醪に溶けやすい、稲が倒れにくく栽培しやすい、などの特徴を持ちます。一方で心白がもろく、高精白にはあまり向きません。
「笹の誉」「井筒長」といった長野県の酒蔵で使用され、キレのある淡麗な酒質の日本酒となります。
美山錦(みやまにしき)
美山錦は、主に長野県や東北地方で栽培され、生産量は酒米の中で第3位となっています。
放射線による突然変異によってできた品種で、寒さに強く育てやすいのが特徴です。心白の出現率は高いのですが、硬く溶けにくいという面も持っています。
醪に溶けにくいことから、できるお酒は「彗」「亀齢」などのように淡麗ですっきりした味わいとなります。
酒米から日本酒を選んでみよう
ご紹介したもの以外にも、世の中にはまだまだ多くの酒米があります。日々新しい酒米も研究開発され、その種類は増え続けているのです。
酒米の品種によって、仕上がる清酒には大きく味の違いが出てきます。同じ酒米でも酒蔵や仕込み水によってさまざまな違いが出るのも、日本酒の奥深く面白い部分です。
酒米から日本酒を選んで飲み比べる、同じ酒米で違うメーカーのものを飲み比べるなど、酒米を知ることによって幅広い楽しみ方ができるようになります。
ぜひいろいろな角度から試してみて、自分好みの酒米を探してみてください。